2024年 第十九回コラム  仏教用語 

この世の真理を解き明かす4つのキーワード

まず、前述のとおり仏教の出発点は、「一切皆苦(人生は思い通りにならない)」と知ることから始まります。なぜ苦しみが生まれるのでしょうか。仏教ではこの原因を、「諸行無常(すべてはうつり変わるもの )」で、「諸法無我(すべては繋がりの中で変化している)」という真理にあると考えます。これらを正しく理解したうえで、世の中を捉えることができれば、あらゆる現象に一喜一憂することなく心が安定した状態になる――。つまり、苦しみから解放される、とお釈迦さまは説かれています。これが、目指すべき「涅槃寂静(仏になるために仏教が目指す”さとり”)」です。
少し難しく感じられるかもしれませんが、それぞれをご自身に当てはめて考えていくと、とても納得しやすいお話になるはずです。それでは、これらの4つの言葉についてご説明していきましょう。

 

一切皆苦―人生は思い通りにならない

 

まず、お釈迦さまは、私たちの世界は自分の思い通りにならないことばかりである、という真理を説いています。仏教の「苦」とは、単に苦しいということではなく、「思い通りにならない」という意味です。この「苦」には、「四苦八苦」と呼ばれる八つの苦しみが挙げられます。

 

諸行無常―すべてはうつり変わるもの

 

世の中のあらゆるものは一定ではなく、絶えず変化し続けているという真理です。
世の中の物事は常に変化を繰り返し、同じ状態のものは何一つありません。それにも関らず、私たちはお金や物、地位や名誉、人間関係や自分の肉体に至るまで、様々なことを「変わらない」と思い込み、このままであってほしいと願ったりもします。それが、「執着」へとつながるのです。このような苦しみにとらわれないためには、ものごとは必ず変化するのだということ、全てが無常の存在であることを理解することが大切です。

諸法無我―すべては繋がりの中で変化している

 

全てのものごとは影響を及ぼし合う因果関係によって成り立っていて、他と関係なしに独立して存在するものなどない、という真理です。自分のいのちも、自分の財産も、全て自分のもののように思いますが、実はそうではありません。世の中のあらゆるものは、全てがお互いに影響を与え合って存在しています。自然環境と同じように、絶妙なバランスのうえに成り立っているのです。こう考えると、自分という存在すら主体的な自己として存在するものではなく、互いの関係のなかで”生かされている”存在であると気がつきます。

涅槃寂静―仏になるために仏教が目指す”さとり”

 

これは、仏教の目指す苦のない”さとり”の境地を示しています。
仏教に限らず、あらゆる宗教は「どうしたらみんなが幸せになれるのか」を追求します。しかし、世の中は自分の思い通りにならないことばかり。そんなとき、人は自分以外のものに原因を求め、不満になり、怒りを抱くものです。仏教では、こうした怒りは全て、自分の心が生み出していると考えます。その原因となっているのが、疑い、誤ったものの見方、プライドや誇り、欲望などの「煩悩」。こうした煩悩を消し去り、安らかな心をもって生きることこそ「涅槃寂静」、つまり”さとり”の境地なのです。そこに到達するためには、先に挙げた”諸行無常””諸法無我”をきちんと理解することが大切です。あらゆる現象に一喜一憂することなく心が安定した状態になれば、結果として幸せに生きることができるのです。

 

 

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