今回のテーマは「法話:耐える力(ネガティブ・ケイパビリティ)」です。
ご覧くださいませ。
先日、帚木蓬生さんの「ネガティブ・ケイパビリティ」という著書を読みました。
ネガティブ・ケイパビリティとは、「どうにも答えの出ない、どうにも対処しようのない事態に耐える能力」を意味します。
あるいは、性急に答えや理由を求めずに、不確実さの中にいることができる能力とも言えます。
これを聞いた時に、私は、まっさきに釈尊の「一切皆苦(人生は思い通りにならない)」という教えが頭に浮かびました。
釈尊は、「生きることの苦しみを自覚せよ」と説かれます。
それはつまり、人生は、自分の思い通りにならないことを、深く知りなさいということではないでしょうか。
以前、この随想録でも書きましたが、私を含め、現代人は快適な生活を享受したことによって「思い通りにならないこと」への免疫が低下しているように感じます。
便利になればなるほど、思い通りになることが増えるからです。
空調ができたことで、部屋の温度はスイッチ一つで調整でき、スマートホンがあれば、いつでも連絡がとれ、調べ物もできる。
車や電車、飛行機のおかげ、短時間で長距離を移動できる。
この状況に慣れてしまうと、いつも出来ていることが、出来なくなることに対して、そもそも出来なかった頃には感じなかったストレスを感じるのです。
我々は、便利と快適さを引き換えに「ネガティブ・ケイパビリティ(どうしようもないことに耐える力)」を手放してしまったかのようです。
ネガティブ・ケイパビリティという言葉の対極にあるのが、ポジティブ・ケイパビリティ(問題解決能力)であり、我々は幼い頃から教育の中でこればかりを養成されてきたのではないでしょうか。
つまり課題解決のための教育です。出題された問題を、的確に答える。それも時間をかけていてはいけません。
できるだけ早く問題解決を求められます。受験勉強がまさにそれです。
そのような教育で培われた、「より早く、より効率よく」そして必ず解決させるという考え方は多くの人の中にしみ込んでいます。解決を求められる余り、本来複雑な問題を単純化して考えてしまう傾向もあります。
このコロナ禍での不安による家庭不和の原因もそこにあるように感じます。静かにしてくれない、手伝ってくれない、分かってくれない。家庭内で思い通りにならないことに直面した時に、性急に状況を解決しようとする。
そうすると、相手の個別性、相手の気持ちなどが見えなくなってしまうのです。時間的、精神的余裕があれば、静かにできない相手の事情を思いやることができるはずです。
先日の新聞記事で東畑開人さんの言葉を引用させていただきます。
「心はふしぎだ。その個別性は容易に見失われる。すると、人間が心をもたない存在に見える。 心が存在するためには遅い時間がいる。シンプルに割り切らず、人間の複雑さを複雑なままに理解するためには、時間をかけるしかない。」 どんなに便利になったとしても、人間の心は複雑な構造をしていて、それは変えられません。
複雑な心をもつ人と人とが関わっていく人生において、どうにもならない、解決できない問題はあります。いえ、解決できる問題よりも解決できない問題の方が多いのかもしれません。 しかし、私たちは、問題を解決するための教育は受けていても、解決できない問題に向き合うことを学んでいないのです
。帚木蓬生さんの講義を受けられた、スクールカウンセラーの方は手紙で以下のような文章を書かれたそうです。 「解決すること、答えを早くだすこと、それだけが能力ではない。解決しなくても、訳がわからなくても、持ちこたえていく。消極的(ネガティブ)に見えても、実際には、この人生の態度には大きなパワーが秘められています。どうにもならないように見える問題も、持ちこたえていくうちに、落ち着くところに落ち着き、解決していく。人間には底知れぬ「知恵」が備わっていますから、持ちこたえていれば、いつか、そんな日が来ます。すぐには解決できなくても、なんとか持ちこたえていける。それは、実は能力のひとつなんだよ、ということを、子どもにも教えてやる必要があるのではないかと思います。」 解決しないで、その事態に耐えることも能力であると。目から鱗でした。
今回の疫病は、薬やワクチンもなく、まさに性急に解決することのできない問題です。その中で、我々は必死に画一化されたマニュアルを求めました。しかし、経験したことのない事態にマニュアルはありません。マニュアルにない事態が起こった時、マニュアルに慣れ切った脳は、思考停止に陥ります。そして物事を単純化して考えてしまうのだと思います。自粛警察やコロナ差別は、相手の個別性を無視し単純化している表れではないでしょうか。
コロナ第二波の不安の中で、コロナ以前の生活には戻れません。不安を抱えたまま、正解も不正解もない宙ぶらりんを耐え抜く能力が試されています。
【毎月、須磨寺にて法話をさせて頂いております】 毎月18日の10時からの護摩祈祷と写経会、20日と21日は11時半から奥の院にて、そして、21日は14時から護摩祈祷をさせて頂き、法話をさせて頂いております。
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※こちらの記事は、小池陽人様から許可を得て転載させていただいております。
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