【文化時報提供】生きる喜び彫って伝える…「仏師僧」前田昌宏氏の波瀾万丈な半生

紀伊水道を望む和歌山県日高町の浄土宗浄土院に所属する仏師僧、前田昌宏氏(47)が仏像を彫り始めたきっかけは、少年時代に起きた盗難事件だった。「仏づくりを通じて、仏の心を伝えていくことが、自分の持ち分」。僧侶であり、仏師でもある前田氏がこうした境地に至るまでには、師の失踪や貧困といった数々の試練を乗り越えねばならなかった。波瀾万丈の半生が、心を打つ仏像を生み出している。(大橋学修)

執念の薬師如来像

浄土院は、本堂や庫裏のほかにも地蔵堂、大師堂を備えている。少年時代の前田氏は祖父と共に毎朝、仏飯を手に諸堂を巡っては勤行を行っていた。

中学2年生だった1988年のある日。大師堂に行くと、いつも手を合わせる薬師如来がいない。荘厳仏具が中央に寄せられ、仏像がない不自然さをごまかした痕跡があった。

盗難事件とみて駆け付けた警察官は「戻ってくることはないだろう」と言った。ならば、自分が薬師如来を彫り上げる。そう誓った。

中学卒業後は、高野山真言宗が運営する高野山高校に進学。入学後初めての美術の授業で、美術の先生が「自分は仏師だ」と自己紹介した。前田氏は授業後、すぐ職員室へ乗り込み、仏像を彫りたいと伝えた。高野山内にある工房に来るよう言われた。

これ以降、放課後に片道約30分かけて工房に通うことが日課となった。高校3年間、厳しい寮生活の合間を縫って、授業終了後から門限の午後5時までという限られた時間の全てを、仏像制作に費やした。

最初は、先生が用意した松の木に、盗まれた薬師如来を彫った。1年半がたち、ようやく形を成してきたころに、今度はヒノキ材を与えられた。「これで、もう一度彫り直しなさい」。松の仏像は習作だった。

それでも卒業までに、仏像本体のほか、台座や後背を何とか彫り上げた。「今から見れば、笑ってしまうような造作」と振り返る薬師如来像は、今も浄土院の大師堂にまつってある。

運転手をしながら

高校卒業を目前にして、先生が姿を消した。「洞窟で観音さまを彫ってくる。君は、これからも良い仏像をつくるよう励みなさい」。そう言い残したまま、今も所在は知れない。

「もし先生がそのままおられれば、高野山にとどまっていたかもしれない」

佛教大学に進学し、仏師として活動するため、資金作りのアルバイトに励んだ。午前3時に起床し、京都市中央卸売市場から商品を配送するトラックの運転手として勤務。午前8時の業務終了後、大学に通った。

卒業後も、地元での就職を勧める父の反対を振り切り、配送の仕事を続けながら、仏像制作の修行に励んだ。仏師になる夢を捨てきれなかった。

27歳で結婚。共働きだったが、決して豊かな生活とは言えなかった。古くて狭いアパート生活。ふりかけをかけた白米だけで糊口をしのいだこともあった。昼間働きに出ていた妻とは擦れ違いの生活だったが、妻は不平を言わなかった。「絶対に成功させる」と前田氏の背中を押し、材料のヒノキを贈ってくれた。

2020-04-18 浄土宗・前田昌宏氏(仏像)

妻が贈ったヒノキに彫った阿弥陀如来像

そんな折、佛教大学の同級生から「逝去した母に似せた観音像をつくりたいと父が言っている」と相談を受けた。台座を含めて高さ約4尺(約1・2㍍)の観音像の制作を始めたところ、やはり同級生で浄土宗総本山知恩院に奉職する九鬼昌司氏から、こう声を掛けられた。「今、どんな仏像を彫っているのか見せてくれないか」

おおむね完成した観音像を知恩院に運んだ。折しも、日本人僧侶らの支援でインド・ブッダガヤに建立した仏心寺を紹介する展示の最終日で、「仏心寺を支援する会」の理事が集まっていた。仏心寺に釈迦如来像を納めようとの計画があったことから、「ボランティアになるけど、彫ってみないか」と誘われた。

実演から教室へ

時を同じくして、真言宗善通寺派の大本山隨心院(京都市山科区)に働き口が見つかった。法務の手伝いや朱印を書く仕事だったが、拝観受付に実演スペースを設けてもらい、仏心寺の釈迦如来像の制作に打ち込んだ。

座高90センチの仏像を完成させるまでに1年を要したが、実演は拝観者と触れ合う機会になった。今でも交流が続くファンがいるという。

仏師として認知されるにつれ・・・

 

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