第四十四回コラム「法華経物語Part4」

永遠の真理

 

お釈迦様が話し終えると、4人の長者が立ち上がりました。4人はお釈迦様と長い間行動を共にし、苦からののがれ、悟りの境地に達していると満足していました。しかしお釈迦様の話しを聞いて、実はまだまだやらなければならないことに気づきました。そのことを例えて話しはじめました。

 あるところに一人の少年がいました。彼は自分の力を試したくて親元を離れ、他国へ旅立ちました。それから50年もの間に成功を収めることもなく、彼の放浪の旅は続きました。彼の父親もいなくなった我が子を探して旅立ちましたが、父親はある町で仕事に成功し、大富豪になっていました。彼が旅の途中に訪れたある町で、食べるものがなくお腹が空いていたため、近くにあった豪勢な家を覗き込み何か近くに落ちていないかと探していました。すると、その家に住む長者と目が合ってしまい、追いかけられついには捕まってしまいました。彼はあまりの恐怖に気絶してしまい、長者も哀れと思い、彼を正気に戻しはなしました。

 その時、長者は気絶した男が自分の息子だと気付きました。長者はこのまま親子の名乗りを上げても、境遇の差がありすぎてうまくいかないであろうと考え、彼を便所の汲み取りの使用人として雇い、それから20年もの間、親子と明かすことなく彼は仕事をし続けました。

 長者は20年間、不平を言わず仕事をこなした褒美として、彼を蔵の管理の仕事につくように言いました。彼には大役すぎて他の使用人から止められましたが長者はその意見を聞かず、彼に蔵の管理をさせました。長者はその時自分の命が残りわずかであると感じていたからでした。

 そして臨終が近づくと、長者は国を代表する大商人をはじめ、国王や大臣までも床の間に呼び集めました。そこで長者は自分には息子がいると初めて打ち明け、その息子が20年間、便所の汲み取りの使用人として働いていた彼だと言いました。長者はさらに、財産の全てを彼に譲ると皆の前で話しました。彼は長者が自分の父親だと気付かず、なおかつ莫大な財産が自分のものになるとは夢にも思っていませんでした。

 このような話を4人の長者が話しました。

 「この話の長者こそ、まさにお釈迦様であり、わたしども声聞の弟子は貧乏な息子でした。わたしどもは貧乏な息子がその日の糧を得るのに苦労しているように、人生につきものの三種の苦しみに悩んでいました。」といいました。

 ここでの三種の苦しみとは、

第一に、怪我や病気にかかると苦しいように、元々が苦しみであるような苦痛のこと。

第二に、最初は楽しくても、後でその楽しみがなくなってしまうことによって生じる苦痛のこと。

第三に、あらゆる事物はいつか滅するという、無常の道理に耐えられず生起する苦痛のこと。

 4人の長者はさらに続け、

 「わたしどもは、この三種の苦しみにたえず悩んで過ごしてきました。しかしお釈迦様は長者のように強くわたしたちを見守ってくださっています。それなのにわたしたちは自分がほとけの子であることに気づかずにおりました。」

 「わたしたちは、今まさに長者の息子と同じ心境です。わたしたちは思いもよらず莫大な財産を得た思いです。」

 4人の長者はこう話しました。

 

 草木のたとえ

 

 4人の話を聞いたお釈迦様は実に適格な話だと言いました。しかし諸仏の教えの偉大さはそれでも言い尽くせてはおらず、諸仏の恩恵を語り尽くすことは不可能だとも言いました。そこでお釈迦様も例えて話しはじめました。

 この広大な世界には無数の山や川や谷があり、あらゆる土地には数限りない草や木が生えている。あるとき、それらすべての上に雷をともなう雨雲が広がり、ついに全宇宙をおおいつくして一斉に雨を降らせた。ところが草や木の方は、その種類や大きさ生育の差などで吸収する水の量が異なる。しかし吸収の仕方が違っても、それぞれの植物はこの雨によって生育し、花を咲かせ、実を結びます。同じ場所に育った同じ種類の草でさえ吸収の仕方は少しずつ異なってる。つまり種々さまざまの草木はそれぞれに適した形で雨に助けてもらっているのです。

 つまり、諸仏が雨雲のように世に現れて全宇宙をおおうということなのです。またその説法を聞くために、こうして数限りない生きとし生けるものたちが近づいてくるのです。

 そこで諸仏は先ほどの雨雲のように全てに一様に尊い教えの雨を降らせ、諸仏は教えを聞く者のそれぞれの素質や性格を見抜き、それぞれにふさわしい形で教えを説き、そしてその教えを聞くものは誰もが悟りの道を歩めるものだと、お釈迦様は話しました。

 

 

 予言

 

 お釈迦様は4人の長者の一人である大迦葉に

「そなたはこれから生まれ変わるたびに三百万億のほとけたちの教えを受けることになる。そしてある時代のある国にほとけとなって現れるだろう。そしてある時代のある国のほとけになって現れるだろう。」

「名を光明仏といい、その寿命は永遠に近く、入滅後もその教えは半永久的に続くであろう。」

 と予言しました。

 更に予言は続き、他の3人の長者である須菩提・迦旃延・目連と次つに予言を行いました。

 おおぜいの弟子たちの喜びの声は霊鷲山の峰々にこだましました。

 

関連記事

  1. 第二十二回コラム「沢庵和尚の生涯について」

  2. ad300x250-2

    【お知らせ】第1回お寺の窓口会in山梨

  3. 第九回コラム「最澄の生涯について」

  4. オウケイウェイヴとお寺の窓口認定専門家による『お彼岸までに考えよう、みんなの相続セミナー』無料開催

  5. 第四十六回コラム「法華経物語Part6」

  6. 【お知らせ】“明日の寺院運営を考える”勉強会のご案内(僧侶および寺族向け)8月22日(木)タイムテーブルのご案内