第三十二回コラム「仏教語について Part2」

くしゃみ

 風邪を引いた時くしゃみをすることがありますよね?くしゃみは「クシャン」とするからだと思っている方も多いですが実はこんな話もあります。

 ある時、お釈迦様がくしゃみをしました。すると弟子たちが一斉に「クサンメ」と唱えて師の健康を願ったということです。このような逸話も仏典に書かれています。

 「クサンメ」は、古代インド語で「長寿」という意味で、インドではくしゃみをすると寿命が縮まるといって、「クサンメ」と唱える風習があったと言いますから、これは長寿を祈る呪文だったのかもしれません。

 この「クサンメ」は「休息万命」「休息万病」と音写され、これを早口で何度も言うと「クサメ」と聞こえてきます。くしゃみはクサメから転訛したものと言われています。

 自由自在(じゆうじざい)

 仏教では、あらゆる束縛から解き放たれた境地を「自由」といいます。悟りの境地のことです。

他のものの影響や支配を受けることなく、独立自尊で、それ自身において存在することのできる安らかな境地をいいます。

 自由であれば、自分の思い通りの存在となれるので、仏のことを自在人といい、観世音菩薩のことを観自在菩薩といいます。

 その自在の力には。世の中を見抜く自在、説法・教化をなしうる自在、自由に種々の国土に生まれ、国土を正常にする自在、寿命を伸縮できる自在など、種々の自在が説かれています。

 だから自由自在とは、何者にもとらわれることのない、のびのびとした安らかな心身の境地と、そこから現れる、とらわれのない働きを言うのです。

 一大事(いちだいじ)

 「お家の一大事」や「人生の一大事」など日常でも使われる言葉ですね。

 「法華経」に、「諸仏世尊は、唯一大事の因縁を持っての故に、世に出現したもう」と言う文章があります。お釈迦様はただ一つの偉大な目的と仕事のためにこの世に現れたと言います。

 その目的とは、仏の知恵を凡夫に教え、示し、理解させ、その道に入らしめることである、説いています。つまり仏がこの世に現れたのは衆生を救済するためだと言うのです。これが一大事の言葉の起源となっています。

 「真宗新辞典」には、仏の一大事とは「釈迦がこの世に出現された目的は、愚悪の凡夫を救うため、弥陀の本願を説きあらわすこと」であり、衆生の一大事とは「弥陀に救われて浄土に往生すること」と説明されています。

 

 参照:くらしの仏教語 豆辞典(上)

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