2024年 第十三回コラム  仏教用語 PART11

★生活の中の仏教用語を3選ご紹介★

 

生活の中の仏教用語をご紹介。

 

大丈夫

 

身の丈(たけ)一丈(じょう)、学識人徳の備わった人中の最勝者を、漢語で「丈夫」とほめ讃えた。

天竺より仏法伝来するに及んで、大の美称の付された「大丈夫」は仏の異名となった。

『北本涅槃経』巻三十三に仏の異名を列ねて、亦は大丈夫と名付くとある。

また、一般に『大無量寿経』と呼ばれる経典の異訳である『無量寿如来会(むりょうじゅにょらいえ)』には、仏の働きを讃じて、世尊今日大寂定に入りて、如来の行を行じ、皆悉く円満して、善能(よ)く大丈夫の行を建立しと述べられている。

この語が、仏法と共に我国に伝えられ、奈良・平安・鎌倉期には、仏の異名として、また高徳の師に対する尊称として使用され、一方では、やまとことばに言う「ますらを」の意で用いられた。

『正法眼蔵』に、いはゆる雪峯老漢 大丈夫なりとあるのは、師に対する尊称として使われた例である。

この語が中世後半、室町語が成立して後、「大丈夫なり」という形容動詞として使われ、さらにそれがこの語の使われ方の主流となった。

すなわち、「きわめて頑丈であるさま、あぶなげのないさま、まちがいのないさま」を表現する語となったのである。

まちがいのないさま、が多用されるのは、まちがい多き世の証であると見るべきであろう。

明治期の辞書『言海』では、「だいじょうふ」と「だいじょうぶ」が別見出しになっているところから、明治期にはまだ、大丈夫が「ををしきますらを」の意で用いられることもあったことが判明する。

今一つ、明治期より後、「丈夫」が健やかな状態や堅固なさまを表現し、「大丈夫」があぶなげのないさまを表す、という区別も明確となった。

しかしながら、冒頭に述べたように、本来大丈夫は仏法領の言葉である。この国に、「ますらを」としての大丈夫(だいじょうふ)は存在しても、人の世に「大丈夫(だいじょうぶ)」はない。

歓喜

 

この夏の衆議院総選挙で歴史的な大勝利を得た人々は歓喜し、惨敗を喫した者は悲哀を味わっている。その選挙結果が「歴史的」と形容されるのは、歴史に基づく必然の結果であるというのか、歴史に残るような大きな意味があるというのか。何れにせよ、国民に歓喜を与える政治を期待したいものである。

歓喜とは〈非常によろこぶこと〉である。仏の教えや名号を聞き、全身で宗教的な満足を感得するのが歓喜である。大乗経典の『無量寿経』には「仏の名号を聞くことを得て歓喜踊躍」とあり、『阿弥陀経』には「仏の所説を聞き歓喜信受」と説いている。歓喜信受は心に喜びが満ち溢れ、歓喜踊躍は身に現われる喜びである。親鸞は『教行信証』で「歓喜と言うは、身心の悦予の貌」と解釈している。

阿弥陀仏は光明によって一切衆生を救済して余すところがない。衆生は光明に照らされて心に歓喜を生ずる。そこで阿弥陀仏は歓喜光仏とも呼ばれている。また、菩薩が長い修行の果てに煩悩を断じて悟りに近づき、喜びを得る位を「歓喜地(かんぎじ)」と言う。これを浄土教では「真実の行信を獲る者は、心に歓喜多きが故に是を歓喜地と名づく」(『教行信証』)と信心によって歓喜地に至ると説いている。このように仏教において歓喜は極めて重視される。

ところで、私たちが「歓喜」で思い出すのは、ベートーヴェンの交響曲第九番ではないだろうか。その第四楽章で合唱される「アン・ディー・フロイデ」の原詩は、シラーの「歓喜に寄す」である。その冒頭でバリトン歌手が独唱する「おお友よ、このような歌ではなく、我々はもっと心地よい、もっと歓喜に満ち溢れる歌を歌おうではないか」という歌詞は、ベートーヴェン自らが考えたものである。古今東西の誰もが「もっと歓喜を」と願っている。

しかしながら、私たちの判断する〈勝ち負け〉や〈良し悪し〉は、まことに身勝手で頼りないものである。凡夫である私と、その私が生きている世界における〈歓喜〉や〈勝利〉が、「まことあることなし」(『歎異抄』)とすれば、いつかは終わる〈そらごと〉〈たわごと〉に過ぎないと言わざるを得ないだろう。

 

火車

 

日常語としては、「ひのくるま」と訓読みにして、家計の苦しいこと、あるいは資金のやりくりに苦しんでいることの比喩として用いる。

しかし、この語の本来の意味の恐しさは、現代日本語の比ではない。

火車は、猛火に包まれた車、の意で、地獄の使者である獄卒羅刹が罪人をこれに乗せて地獄に送り、はたまた地獄において罪人を苛責するために使う、とされる車である。

釈尊在世の時、悪人提婆達多が仏法に定める最大の罪である五逆罪のうち三逆を犯し、さらに毒爪を以て釈尊を傷害しようと王舎城へ向う途中、生きながら地獄に堕ちた、その時火車が迎えた、と『智度論』巻十四は伝えている。

また、地獄における火車の責は、『観仏三昧海経』に、火車に乗せて罪人を焼き、活きかえらせて火車で十八回轢き、天から沸騰した銅を降らせて活きかえらせ、これを永遠に繰り返す(取意)と説かれている。

近代の日本で、この火車の恐しさを最も具体的に描写したのは、芥川龍之介の名作『地獄変』であろう。

この『地獄変』の「変」は、浄土の荘厳または地獄の様相を描いた図画を意味することばで、作中には「地獄変の屏風」と出てくる。

堀川の大殿様から地獄変の屏風を描くよう命ぜられた本朝第一の絵師良秀は、炎熱地獄の火車を描くために、眼の前で檳榔毛の車を一輌燃やしてほしい、できるならば艶(あで)やかな上﨟(じょうろう)を乗せたまま、と願う。大殿様は良秀の、人を殺してでも、という邪な絵師根性を懲らしめようと、側に仕えていた良秀の娘を車に乗せて火をかける。

娘を生贄として地獄変を完成させた良秀は、「地獄に堕ちる」と言われながら、屏風を堀川に納めた翌日縊れ死んだ、と芸術至上主義を主題とするこの小説は結ばれる。

しかし、地獄は、来るべき世代を犠牲にして、眼前の豊饒と快楽とを追い求める我々の行くべきところであろう。

その時、良秀は道連れとなってくれるであろうか。

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