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第一回コラム「戒律について」

2018/12/18

現在の日本仏教の戒律とは

第一回コラム「戒律について」 戒律について

 現在では、日本仏教の僧侶であっても嗜好品であるタバコやお酒を嗜む方もいます。
このコラムを見ている方で、僧侶がタバコやお酒といった嗜好品を嗜むことは戒律によって禁じられているのではないかと思われた方もいるのではないのでしょうか。
 なぜ、現代の僧侶が戒律で禁じられていることができるのか、その疑問に対してこれから説明していきたいと思います。


1  戒律とは
2  お釈迦様没後の戒律の歴史
3  現在につながる日本仏教の最澄と空海の考えについて


1 戒律とは

 戒律とひとくちに言っても『戒』と『律』とはもともと別のものです。仏教の『戒』は、信徒が守るべき行動規範で本来、出家者(世俗を離れ仏教に帰依するもの)と在家(出家せずに世俗の生活をしながら仏道に帰依するもの)に共通のものです。
 この戒は「〜してはならない」ということではなく「〜しないようにしよう」というものであり、これは仏教者が仏教者であることを自覚し、それにふさわしい習慣を身につけようとする自発的な心に基づいてると言えます。
 それを踏まえて守るべき代表的な5戒を紹介します。

1 不殺生戒・・・あらゆる生き物を殺さないこと
2 不妄語戒・・・嘘をつかないこと
3 不偸盗戒・・・与えられないものを自分のものにしないこと
4 不邪婬戒・・・みだらな性交をしないこと
5 不飲酒戒・・・酒を飲まないこと

 戒には罰則規定はなく、自律的な精神が大事であり、それがやがて習慣となって身についてくるというものです。
 例えば、普段から嘘をつかない習慣を身につけた人が嘘をつくと落ち着きがなくなり、自らの過ちを訂正しようとします。これを「戒」の捉え方で置き換えると、戒の精神にのっとって嘘をつかないようにと日々を過ごしていれば、初めのうちは「嘘をつくな」という戒を守ろうとする努力が必要です。ですが、それが習慣となりこの習慣のおかげで嘘をつかずに済むようになれば、戒の方が自分を守ってくれていることに気づくことになるはずです。
 また戒にはもう一つ大切な精神があります。それは懺悔するということです。人間は時に戒を守れないことがあります。その時に自ら犯した罪過を仏に告白し許しを乞うこと、これを懺悔と言います。
 例を挙げると、害虫を殺したとしても5戒の一つである「不殺生戒」を犯したことになります。このことを仏に懺悔し許しを乞うことにより、無用な殺生をしないよう心がけるようになります。
 この二つの精神が「戒」を作り上げています。

 続いて「律」について見ていきましょう。
 そもそも律は出家者だけに定められたものです。出家者に対しては、集団生活を乱さないようにするためにはどうしても規則というものが必要となり、律とはその集団規則のことを言います。在家信者には戒だけで十分ですが、出家者に対しては、教団を維持していくために律を設ける必要がありました。男性出家者には二百五十戒、女性出家者には三百四十八戒が確認され確立されました。
 また律は戒と違い「〜してはならない」という禁止事項であり、律を破ると罰を課せられました。


2 お釈迦様没後の戒律の歴史

 戒律はお釈迦様が存命していた時に、僧侶が何か問題を起こすたびに一つ一つお釈迦様が法を自ら作りあげてできたものです。仏教者はただひたすらに戒律を守り続けていました。お釈迦様の没後に、お釈迦様の言葉や戒律を守り、後世に伝えるために悟りを開いた僧侶500人が集まり「第一結集」という集会が開かれました。その際に弟子の一人がお釈迦様が入滅される前に、「少々戒は廃して良い」という言葉を残したと進言しました。しかし、その少々戒がいったいどれを指して言っているのかを聞いてはおらず、僧侶たちは混乱しました。話し合いを続けた結果、「お釈迦様が制定されなかった条項はいっさい追加しない」、「お釈迦様が制定された戒律はいっさい廃止しない」という結論に至りました。こうして第一結集は終わり、お釈迦様の言葉には反する形になったものの、この時に定められた膨大な戒律は「小乗戒」と呼ばれ現在も南方に伝わった仏教に受け継がれています。
 では当時の少々戒に相当する細かな戒律はどんなものがあったの二つほど例を見ていきましょう。
 一つは、壊生種戒という戒律です。仏教には草木にも生命が宿ると教えられているため、これを切断、破壊したりすることを禁じられています。したがって出家者は生きている根茎のたぐいや果物をそのまま食べてはならないのです。出家者はいっさい果物を食べれないというわけではなく、在家の人間が果物にちょっとした傷をつけるとその果物はたちまち死果となり、その果物をお布施として貰えば出家者が食べても良いものとなります。
 二つ目は掘地戒というものがあります。出家者は地を掘ってはいけないという戒律で、地を掘れば誤って地中の生き物を殺してしまう恐れがあるからです。ただこの掘地戒にも在家者に「ここを知れ」(気を利かせろという意味)と頼むことにより、地を掘ることができるようになります。ただうっかり「ここを掘れ」といってしまうと戒を犯してしまうことになるので注意しなければなりません。
 一見この戒律は苦肉の策とも思えますが、出家者が自分の利益のために考え出したものではなく、在家信者に布施をさせてあげることにより、少しでも多くの善業を積ませようと考え出されたものなのです。細々とした戒律の中にはこういった性格のものもあります。

 
3 現在につながる日本仏教の最澄と空海の戒律の考えについて

 ここからは最澄と空海に戒律の考えについてお話ししていきます。
 最澄は教団の拠点として比叡山を開き、弟子たちに一つの決心を伝えました。日本の仏教は大乗仏教であるにもかかわらず、当時正式な僧になるには小乗仏教の二百五十戒で受戒しなくてはなりませんでした。そこで最澄は小乗仏教の戒律と決別し、大乗仏教の精神に基づいた戒律で出家できる制度として大乗戒壇を作るべきだと説きました。大乗仏教の戒律の精神は「悪をなすべからず善をなすべし他に尽くすべし」という考えで十分だとし、自分だけが悟りの境地にあるのではなくこの世界に生きる一切衆生とともに仏の悟りの素晴らしさを楽しみたいと伝え、最澄は仏に向かって歩み続けるその歩みの姿こそが仏であると考えました。
 空海はまず「仏になってしまえ!」という発想の人でした。そして仏と仏が拝みあって生きて行くマンダラ世界をこの世に実現することを理想としていました。空海は戒律についてもとても大らかな考えで、たとえば塩酒一杯は許すといったように、寒い高野山で体を温めるために塩をつまみに酒を飲むことを許したと言います。
 最澄と空海は、戒律よりももっと大きな自分の理想の実現を目指しました。日本仏教はさまつな戒律に縛られることなく、大乗仏教の自由な精神に基づき一人一人の菩薩の願いを大きく育ててきたのです。この考えこそが日本仏教である「大乗仏教」です。
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